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「風の丘を越えて 西便制」1993年韓国製作

うっふん。
またしてもマイナー映画の登場です。
数回に一度は観たことも聞いたこともないような映画をホイッとあげてしまうのは悪癖か、それとも遊び心か。

それはどうでもいいとして、「西便制」をなんと読めばいいのやら。
答えは「ソピョンジェ」です。
韓国の伝統芸能パンソリの流派の一つですね。
で、「パンソリ」ってなんですか。
答えは歌劇です。
歌い手は一人、伴奏の太鼓も一人。
いわば二人だけで物語を歌いあげる芸能です。
19世紀には大人気だったパンソリも
20世紀になると他の娯楽に押されてしまうという、どこの国にもある伝統芸能の衰退期に入ります。

これはそんな時期のパンソリ芸能者の一家族の物語。
例によって、哀しくも凄味のある映画です。

父親=パンソリにかけては妥協のない姿勢を貫く男
子供・姉=養女で、歌い手として才能を磨く
子供・弟=姉と血のつながらない養子で、太鼓の腕を磨く
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つまり3人とも血のつながらない家族です。
それは今でもよくあることですが、彼らが拠り所にしているパンソリの人気は落ちる一方、貧しい放浪生活、見通しのない将来、耐えきれなくなった弟は父と姉を捨てて出奔してしまう。
(廃屋で練習する父と姉↓)
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分かる、それは分かる。
美しい自然をバックに延々と旅するシーンの寂しさときたら、もう泣きたくなるくらい寂しい。心細い。
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韓国映画の巨匠・林 權澤(イム・グォンテク)の重厚な映像が迫るように美しくも、どこか寂しい。
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唯一といってもいい幸福の明るいシーンは旅の田舎道の上にあって、歌い出す父につられて、姉が歌う。
興の乗った二人のために弟も太鼓を取り出して伴奏する。歌は珍島アリラン。
so5.jpg

彼らが画面から消えたあとにふっと風が吹いて砂が舞うのが、なんとも哀しいのですが。
さて、弟が去った後、父親がまたすごい。姉を薬で失明させてしまいます。理由は「声に深みがないから」。
そして修行のために雪深い山に籠ってひたすら歌わせる。
so6.jpg
so7.jpg

娘のために麓の村で鶏を盗めば、鶏の持ち主が罵倒しに来て、さんざん足蹴にされても
父親は「あの声を聴いたか!腹の底から出ているぞ!」と感心する始末です。
これには参りました。芸のためなら、その身を捨てるのか、親父。

一方、弟は落ち着いた暮らしをしているものの、父と姉への呵責から、二人を探し出します。
すでに父は亡くなり、姉は失明したまま、歌を歌い続けていました。
再会するものの、弟と名乗れないまま、二人はパンソリを始めます。
一方は歌い、一方は太鼓を叩き、合いの手を入れます。
そのシーンの静かな凄味…。

ラストシーンはたいへん壮絶です。雪の川沿いの道を、赤い服の子供に先導されて姉が歩いて行きます。
流れているのは、やはりパンソリですが、地の底を這うような、それはそれは深い情念のこもった歌声。
カメラはどこまでも歩く姉の姿を追い、やがて彼方に消えるまで追います。
まるで冥界へと続く彼女の芸能の道が、そこにありました。
so8.jpg

静かなのに壮絶さがにじむ光景でした。

これを見ることは、私にはもう出来ません。切なすぎて、号泣間違いないからです。


今回のプラスワン

まだ淡路鳴門自動車道の明石海峡大橋が完成する前に、わざわざ神戸のハーバーランドの映画館まで観に行きました。
パンソリが聴きたかったからです。
12歳の時、偶然TVで聴いて、衝撃を受けたからです。

映画の中で、父親が娘のために鶏を盗んできて、サムゲタン↓を作って食べさるシーンがあります。
so9.jpg

彼は娘に、鍋の丸ごと煮込んだ鶏の脚をもいでやります。
これに「ええーーーっ!信じられへん!」と驚いていたのは、一つ前の列にいた20代半ばの女性二人連れ。
一方、「ふふふっ、そうだよねえ、そうだよねえ。」と、うなずいていたのは、
少し前の列にいた50代女性のグループ。
彼女達はおそらく在日のオモニ(お母さん)だったのでしょう。
たいへん懐かしそうにその場面を見ているので、「子供の頃、こうやって食べさせてもらったのかな。」と思いました。

12歳から残っていたパンソリの衝撃は、このあと一年間、ワタクシに「最初の感動に騙される」という
これまた衝撃的な経験をもたらしました。

その結果、ワタクシはどんなに感動しても、それを冷静に観察しているもう一人の自分を育てました。
そのおかげで多少たくましくなった…かも。

(元記事は2013年7月26日に書かれました・エントリー722)
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