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「ブレードランナー」1982年アメリカ製作

1985年12月、私達は煮詰まっていた。
私達というのは卒業制作に明け暮れていた研究室のメンバー8人。
私は暗室で何十枚もの印画紙と格闘していた。
思えば印画紙代を大学に出してもらえたのが奇跡のような幸せな毎日だった。
ラストスパートの時期、
メンバーの精神は日々ゾンビ化しつつあった。

そんなある日曜、奇跡の映画イベントがあった。
それは「ブレードランナー」「ターミネーター」「スペースバンパイア」の3本立てが1000円ぽっきりで
観られるという太っ腹な興行である。
研究室のほとんどのメンバーが「あ、行く」「行くわ」「ほれじゃ、ワシも」「ほな、いこか」と
タガが外れたノリで朝9時からの上映に集まった。

一番手の「ブレードランナー」はたいへんおもしろかった。

どがぁ~ん(爆発)ばしゅ~~ん(火焔)ぐおおおん(飛行物体)レプリカントの瞳に映る炎、どっふぉわ~ん(爆発)タイレル社の巨大ピラミッド。


冒頭から飛ばしてるなぁ、すげえなぁ。一気に見惚れる2019年の世界。
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薄汚れた大気、酸性雨、アジア的混沌の街ロサンゼルス。
宇宙に進出した人類のはずなのに、物語はカオスな地上を這う。
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タイレル社の高性能アンドロイド「レプリカント」は宇宙での過酷な労働用に作られたが、
感情が芽生えて人間に反抗するようになり、
時には地球に戻って社会に紛れ込む。
それを狩る特別捜査官が「ブレードランナー」。

その一人、ハリソン・フォード演じるデッカードは降りしきる雨の中、うどんの屋台で注文している。
屋台の親父は日本語で、デッカードは英語でしゃべる。


もう何が起きても笑うくらい煮詰まっていた研究室のメンバーの肩がヒクヒク震える。

ルトガー・ハウアー演じるレプリカントのリーダー、バッティに生唾を飲む。
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うおおお、たまらんっ!このニヒルな眼差し!

タイレル社長秘書のレプリカント・レイチェル。
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うむむむっ、たまらんっ!この凄い衣装!

タイレル社の社員、JFセバスチャンはレプリカント製造技師で老化病。ついでに寂れて風情のある住まい。
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おおおうっ、たまらんっ!この設定の巧みさ!

音声入力で動く写真分析のシーン。

うぬっ、たまらんっ!この効果音!

セリフも音楽も舞台設定も、すべてのバランスがたまらんっ!たまらんっ!と心の中で絶叫しつつ、映画は進む。
デッカードと反逆レプリカント達の死闘、あるいはレイチェルとのいささか乱暴なふれあい。

女レプリカント、ブリスとの死闘。
Blade Runner (6/10) Movie CLIP - Deckard vs. Pris (1982) HD

くうっ、たまらんっ!このアクションにしてこの哀切!

凄絶なバッティとの死闘。もはや絶体絶命のデッカード。
Tears in the Rain - Blade Runner (9/10) Movie CLIP (1982) HD

ルトガー・ハウアーのアドリブも入ったと言われる独白に聴き惚れる。
たまらんっ!なんというドンでん返し!

人とは何者か。レプリカントとは何者か。
倫理とは別の視点で、創った側と創られた側の相克がせめぎあう、見事な映像。
そして見事なSFエンタテイメントでもあった。

1982年以降に生まれた方々にも、ぜひご覧いただきたいお薦め映画です。

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(とりあえず、3本立て1000円ぽっきりシリーズとして、次は「ターミネーター」の予定です。)


今回のプラスワン

1985年4月から私は妹と一緒に下宿をした。アパートではない。下宿だ。
大家さんは1階に住み、2階と3階、そして離れに学生が間借りしていた。
女子専用下宿だったその家は!

現在、国の重要文化財指定になっている三河家住宅
まさか、下宿先が国の重文になるとは…。

私は3階の西の部屋に間借りした。家賃と共益費で10000円くらいだったか…。
昭和4年築のドイツ風鉄筋コンクリート住宅。
トイレと風呂は共同、
炊事場は妹と共同、
風呂を掃除して沸かす当番制があり、門限は11時だったか。
男性は家族以外禁止。
炊事場は各自のコンロにガスボンベをつなぐ。ガスボンベは空になると、大家さんから買う。
電力を使いすぎると、すぐブレーカーが落ちる。
たとえば冬場に電気こたつとアイロンを同時に使うと真っ暗になった。
要注意だった。
ほとんどが徳島文理大へ県外から来ている女子大生で、妹と私だけ珍しく他大学だった。
庭のコンクリート製岩屋の中はピアノのレッスン室で、文理大の音楽科生がよく弾いていた。
 
場所は富田浜といって、目の前は潮の香りがする新町川。
東隣はJR牟岐線が通り、その向こうに国道55号と県庁があった。

その年の下宿生の中で最年長だった私は、姉妹で入居したこともあったのか、
なぜか皆から「お姉さん」と呼ばれた。
そのうち大家さんの三河さんからも、「お姉さん」と呼ばれた。
クリスマスの頃はほぼ全員が卒業年度ということで
やはり煮詰まっていたのか、お別れを前に一騒ぎしたかったのか、
おかしい写真を撮りまくった。
いい思い出だ。

カメラの練習のためにモノクロで撮った西側の外壁(上)と2階の波型ベランダ(下)。
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妹が撮った1985年のワタクシ。2階の波型ベランダでアホをやっています。
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(元記事は2013年4月8日に書かれました)
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