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「伝説巨神イデオン 接触篇・発動篇」1982年公開日本アニメ

ああ、もう、何て言ったらいいのか。私のどん底2年間を支えてくれた物語。
ヘンな方向に頑張りすぎた高校時代を抜けたら挫折の時期が待っていた。
心身ともに病気で大学中退、
帰郷して予備校通いを始めたものの、拒食症に近い状態で体重がどんどん落ちる。
全然ありがたくないダイエットだ。
そんな時に出会ったTVアニメが「伝説巨神イデオン」だった。これはツライ物語だ。ツライ時期にツライ話を見るとは…。
明るくアグレッシブな話が毒になる季節もあるのです。

劇場版イデオン 予告



地球人が遠い移民星で別の人類・バッフクランと不幸な出会いをする。
一回の発砲がとめどない戦いへと転がり、移民星の遺跡からイデが目覚める。
無限の力を持つイデ。
最初は地球人の防衛本能に反応して力を出しているだけだったが、次第に自我を持ち始める。
イデは二つの人類が戦いをやめないので、滅ぼすことにした。
移民星から脱出した人々はただ生き延びたいだけだったが、イデに憑りつかれて全員が死ぬまで戦い続けるという、
呪わしく恐ろしい物語だ。

湖川友謙氏のキャラクターデザインが素晴らしかった。
骨格がバン!と浮き出るデッサン力に一目惚れをした。
富野由悠季(当時は富野喜幸)監督を筆頭に、スタッフが次第にこの物語を必死で描いているのを感じられた。
各話がとてもよくできたドラマで、
ほんの一言のセリフ、ちょっとした仕草まで、
見逃せないドラマになっている。
ところが、あと4話を残すところで、打ち切りになったのだ。
その4話分が発動篇になった。
接触篇はTV32話までを再編集したものだ。
TV版とは微妙にニュアンスが違う。
TVよりキャラクターがまったりしている。
そのまま発動篇へと繋ぐ構成なので、物語前半のヒステリックなフォルモッサ・シェリルや
すぐに熱くなるユウキ・コスモがすでに成長して落ち着いているためかもしれない。



発動篇は圧倒的な執念の映像だ。
画面からはスタッフがTV打ち切りの無念を込め、心血を注いだオーラが放出されていた。
私は言葉を失う。
次々と死んでいくキャラクター達。
死がショックなのではない。
絶命するまでの彼らの生き方が不器用で懸命でとても必死だったので、それに圧倒される。
脇キャラさえ死の悼みを感じる。
例えば閃光に消えてしまうベントやソロシップの操縦に徹したハタリ。
機関室で失血死するジョリバ。
メインキャラはもっと凄まじい。
いち早くイデが何者かを知ったシェリルは彼女なりにあらがったのだろう。
精神の均衡を失って初めて彼女はイデに直接呼びかける。イデは聞く耳を持たないから、彼女は死ぬ。
イデが欲しかったのは、異星人の壁を超えて結ばれたべスとカララの赤ちゃん(まだ胎児)だけだ。
だからカララは彼女を恨む姉のハルルに顔面を撃たれて死ぬし、
ハルルは恋人の死を恨みながら、コスモが狙った波動ガンで死ぬ。
コスモに初めて女らしさを見せ、「(キス)しよ!」と求めたカーシャもキス出来ないまま死ぬ。
カララとハルルの父、ドバ・アジバも業の深さを見せつけてから死ぬ。
コスモは、死の瞬間でさえ、
イデに逆らい、闘志を宿したままだった。

だが、物語はここで終わらない。
映画だからこそ表現可能であったシーンがこのあと続く。
宇宙空間に死んだ人々の魂が飛び交う。
全裸である。
不思議な温かいシーン。
彼らはもう恨み言も憎しみも持たない。死に別れた人の魂と再会し、喜びにあふれる。
無数の光になった魂は新しい生命になるために旅立っていく。
これを鬱エンドというだろうか。
否だ。
確かに凄惨な物語だが、簡単に鬱エンドと切って捨ててはいけない。
コスモは飛翔しながら、キッチ・キッチンに「幸せになろうな!」と呼びかける。
キッチンは「当り前じゃない、損しちゃうもの。」と返す。これが映画での最後のセリフだ。
観た当時は、なんという遅すぎる言葉だろうと思った。
今は違う。
人は幸せになるために生きていて、しばしば死にもの狂いになる必要が実感としてある。
絶命するコスモは絵コンテで「ぐちゃぐちゃになっていく」と書かれているが
そんなぐちゃぐちゃな時間が誰にもあるはず。
(見せない人も自分で気づかない人もいるけどね)
それなりに山あり谷ありの経験をすると、
私にとってイデオンはよく効くカンフル剤となっている。
迷っているときに見ると、正気に戻る。
「死んで花実が咲くものか!」
またある時は「死ぬ気になればやれる!」
こんな時もある「これが死後の世界なら、恐れずに生きられる」
私の生まれついてのメランコリックは相変わらずだが、人生観はそんな風に変化した。
人間、時間はかかるが、変われるものだ。

年に一回は発動篇を見返す。
すぎやまこういち作曲の「カンタータ・オルビス」が流れ始めると、私は涙が止まらない。
若い時には流せなかった涙だ。
最近は観ていてコスモ君がかわいい。かわいくて仕方がない。彼の頑固なまでの生命力に励まされています。



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↑この本はすごくいいです。富野監督へのインタビューは他に類を見ないほど充実しています。

今回のプラスワン

あー、長いなぁ。早く終わろう。
群像劇でもあるイデオンの中で、最もお気に入りのキャラはフォルモッサ・シェリル。
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言語学者の卵ゆえのプライドが厳しい感じを醸し出すが、ごく普通の女性で、傷つきやすい人というのがすぐに分かる。
TV版で遺跡を再現したメカを見て爆笑する軍人べスを張り倒すのは、
自分達の仕事を認めない態度に腹が立つからです。
マジメに見て欲しいのに、
べスの感性はインテリジェンスに対しては、がさつなのであります。
戦闘状態に陥ってからは、
生き延びるために否応なしにメインクルーとして軍人達の中で、たった一人の民間人なのに、素人ながら異星人の取り調べまでしなくてはならない。
これでヒステリーを起こすなというのが無理な話だ。
不幸なことに彼女のヒステリーは視聴者にも歓迎されなかった。シェリルさんの二重の不幸です。

カララのように武人でもなく、カーシャほど男勝りでもなく
ロッタほど強くもなく、また妹のリンほども寛容でなく、ラポーほど母性的でもない。
弱さを見せまいともがく知性の人、シェリルさん。

「もう一人の自分」を見るようで、遠くなった若い頃の想い出の人です。
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