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「サウンド・オブ・ミュージック」1965年アメリカ製作

前回「タワーリング・インフェルノ」で途中リタイアとなったお詫びにと、
例のお姉さんが連れて行ってくれたのが、安心安全なミュージカル映画の名作です。

予告編


時代はナチス・ドイツに併合された頃のオーストリア、ザルツブルグ。
見習い修道女マリアはトラップ大佐の7人の子供達の家庭教師になり、紆余曲折の末、大佐と結婚。
しかしドイツ軍人になれと迫られて、一家で亡命という話。
よく知られてもいるので詳しいことは置いておきます。

ここで、私の視点は太平洋の向こうアメリカ大陸、さらに大西洋を越えて、
いきなり欧州にとんでしまいました。
そして「ヨーロッパ!すげえええええーーーーっっ!!」となりました。
…(笑)
……(笑)
なんでこうなった…映画を作ったのはアメリカだぞ、ハリウッドだぞ。
それがなぜ「ヨーロッパ、すげええーーっ!」になるのだ…。

やられました、
やられたのです、トラップ大佐のおうちにやられた。
素晴らしい大邸宅。
家庭教師にやって来たマリアならずとも、生唾を飲む素晴らしさ。
車寄せ、重厚な玄関の扉、エントランスから続く広間は大理石が敷かれ、
階段の手すりまで繊細な意匠が凝らされ、周りの部屋は数えきれない。
さらに庭園にはガラス張りの東屋と湖まで。

正確には「ヨーロッパ建築、すげええええーーーっっ!!」ですね。
「ああー、日本の侘び寂び渋みとおさらばして、あっちへ行きたい」気分に。
数年後『陰翳礼讃』を読んでも、
この強烈な憧れは消えるどころか、ますます強くなる一方。

「サウンド・オブ・ミュージック」を観てこうなるとは、珍しいタイプでしょうか…。

アジアよりアメリカよりヨーロッパに惹かれる傾向は、この映画で決定的になった…。
許して、日本…。

そして、踊るのが好きな子供だった私はこのシーンに魅了されました


(3:11から)

マリアと大佐のダンス!
阿波踊りと田舎の盆踊りしか踊る機会のない私にとって、
踊りながらお互いの恋に気付くマリアと大佐は、もう、ロマンチックの極み!
「ああー、日本の『女三界に家なし』とおさらばして、ますますあっちへ行きたい」気分に。


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今回のプラスワン

知り合いのお姉さん同伴だった件。
それは心配性の母親が
「一人で映画館へ行くなんてダメ!あんたみたいな背が小さくて世間知らずの中学生が
バスと国鉄を乗り継いで行く途中にも何かあったらどないするの。」と、
まぁ、心配の百回を繰り返したからですね。
さらに当時は姑の権限を振りかざしていた祖母が
「年頃の女の子に何かあったら世間に何ていわれるやら。」と。
(世間に…ってところが時代を感じます。
私の身だけを心配しているのではないのです。)
祖母のイメージでは映画館などはいかがわしい街と直結しているのです。
明治生まれの質実剛健さを頑なに守っている祖母らしいといえば、そうなのですが
…どうも祖父に多少遊び人の気があったせいか、
都市部での遊興を毛嫌いしていたようで…。
そこで母の教え子であるお姉さんに白羽の矢が当たりました。
非常にしっかりした女性で、
「タワーリング・インフェルノ」後のフォローまでしてくれました。
映画三昧をするきっかけは彼女との2度の映画館行きだったことは間違いありません。
心配性の母と世間体を気にする祖母の作戦が好い方に転んだとも言えますね。

しかし、なんという箱入り娘状態だったのか。

一人で映画館に行く許可が出たのは、高校になってからでした、とほほほほほ。
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