TOP ≫ ARCHIVE ≫ 2014年08月
ARCHIVE ≫ 2014年08月
      

≪ 前月 |  2014年08月  | 翌月 ≫

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Comments (-)Trackbacks (-) | スポンサー広告

「ブルガサリ」1985年北朝鮮製作

なんと製作総指揮者が金正日という、筋金入りのファンタジック映画であります。
なぜこの映画を知ったのか、定かではありません。
順序としては、中島らも→混沌系オッサン集団→根本敬「ディープ・コリア」だったのか、
オタク(特に特撮系)路線から入った情報だったのか、今となっては謎です。

さて、予備知識はプルガサリとは怪獣の名前であること。それだけで鑑賞開始。
pl1.jpg

ふたを開けると、歴史映画ではありませんか。
衣装からすると高麗時代かな…、例によって悪政に苦しむ農民の反乱があり、悪政の元締めは中国皇帝のようです。
だって!最終的に破壊されまくっているのは、どう見ても北京の紫禁城っぽいんだもの。
pl2.jpg

紫禁城でロケさせてくれたのかな。こればかりは製作総指揮者の御威光!
すごいなぁ、世界中探しても、紫禁城が怪獣にやられる映画はないのでは。

ワンシーンが、突っ込みたくなる1秒前で素早く切られてしまいます。
ブチッ!ブチブチブチッ!
何でしょう、この微妙なリズム感。必要最小限のセリフとセットで十分条件を満たしてOK!
フィルムの繋ぎに至っては、特撮部分↓と
pl3.jpg
ドラマ部分↓の
pl4.jpg
色調が違っていても「ケンチャナヨー(気にしない、大丈夫)」で押し通したとしか思えない荒技!

ところが、この力押しな作りがなんとも楽しいというか、癖になるというか。
プルガサリの誕生からして素朴でファンタジックなのです。
ヒロインの鍛冶屋の娘アミ↓(緑と赤の服の美女)。
pl5.jpg

父親の鍛冶屋さんは「農具や鍋釜を溶かして武器を作れ」という政府の命令に逆らって獄死します。
死ぬ直前に彼が残したのがプルガサリの人形です。プルガサリとは鉄を食べる怪物(妖怪?)で、
この手の平サイズの人形がアミの裁縫箱に収まっている姿はなんとも可愛らしい。
pl6.jpg

ところが、アミが針で指をついて出た血がプルガサリにかかると、それは命を宿し、鉄をバリバリを喰うのでありました。
そして巨大化。子供サイズ↓哲学者のような顔してます。
pl7.jpg

人間サイズ↓
pl8.jpg

怪獣サイズ↓
pl9.jpg

おりしもアミの恋人が農民反乱の首領になり、プルガサリも反乱軍の味方になって大活躍です。
で、政府軍も対ブルガサリ作戦(火責め、巫女による祈祷責め、大砲責め)を決行するものの
プルガサリとは本来「殺せないもの」の意味だけに作戦はことごとく失敗。
中国皇帝を倒して、バンザイ!
pl10.png

かと思ったら、さにあらず。プルガサリはあらゆる鉄製品を食べつくす勢いです。
アミは「このままでは世界が滅びる」と大胆な結論を出し、死に装束に身を包むと、お寺の鐘ごと自分をプルガサリに食べさせ、「殺せないもの」を消滅させるのです。

見事な昔話的完結です。

それにしても、悪の政府軍と農民反乱軍の戦いに動員されたエキストラの本気度がすごい。
「俺達、芝居してます!全力で!!」
このエキストラ達、朝鮮人民軍の兵士のみなさん…らしいです。撮影現場に製作総指揮者がいたら、そりゃ「全力」ですよね。そのせいかどうか分かりませんが、人の演技も怪獣もやたら迫力だけは凄いです。
pl11.jpg

暑苦しい熱帯夜が続く日々、暑さを忘れさせてくれる「プルガサリ」の強引さに、しばし酔ってみてはいかがでしょう。
例にもれず、突っ込みどころは満載です。
DVDはサブタイトルがついて、「プルガサリ 伝説の大怪獣」になっています。


今回のプラスワン

なぜか小学4年生の夏は怪獣図鑑を見つづけて終わったような記憶があります。

「帰ってきたウルトラマン」にすっかりハマってしまったワタクシ。
女だてらに怪獣図鑑を脇にはさんで、親戚に行く時も、用事で出かける時も、とにかくどこまでも持ち歩くほどでした。
お気に入りの怪獣はツインテール。
理由はよく分かりません。たぶんグドンに食べられるシーンが美味しそうだったのでしょう。
夏の夕陽を見ては、グドンとツインテールがビル群ぶっ壊した更地で向かい合うシーンを思い出したものです。

ところが小学5年では大河ドラマの影響か、戦国時代に夢中になり、
小学6年の夏には「ベルサイユのばら」に鞍替えし、懸命にフランス革命関連本を読んでは難しさに撃沈していました。
ワタクシの無邪気な子供時代は小学4年と5年の間に終わったと思われます。ただ、どっちの方向に爆走するか分からない予測不可能な性質は変わらず、本能と嗜好のアンテナが向くまま、「ベルばら」の次は「アストロ球団」に惚れてしまったのです。
どうしてこうなったし・・・。
人生のところどころで「男に産まれたらよかったのに」とか、「男気性」とか、言われるのには、すっかり慣れました・・・。

(元記事は2013年8月1日に書かれました・エントリー723)
スポンサーサイト

「風の丘を越えて 西便制」1993年韓国製作

うっふん。
またしてもマイナー映画の登場です。
数回に一度は観たことも聞いたこともないような映画をホイッとあげてしまうのは悪癖か、それとも遊び心か。

それはどうでもいいとして、「西便制」をなんと読めばいいのやら。
答えは「ソピョンジェ」です。
韓国の伝統芸能パンソリの流派の一つですね。
で、「パンソリ」ってなんですか。
答えは歌劇です。
歌い手は一人、伴奏の太鼓も一人。
いわば二人だけで物語を歌いあげる芸能です。
19世紀には大人気だったパンソリも
20世紀になると他の娯楽に押されてしまうという、どこの国にもある伝統芸能の衰退期に入ります。

これはそんな時期のパンソリ芸能者の一家族の物語。
例によって、哀しくも凄味のある映画です。

父親=パンソリにかけては妥協のない姿勢を貫く男
子供・姉=養女で、歌い手として才能を磨く
子供・弟=姉と血のつながらない養子で、太鼓の腕を磨く
so1.jpg

つまり3人とも血のつながらない家族です。
それは今でもよくあることですが、彼らが拠り所にしているパンソリの人気は落ちる一方、貧しい放浪生活、見通しのない将来、耐えきれなくなった弟は父と姉を捨てて出奔してしまう。
(廃屋で練習する父と姉↓)
so2.jpg

分かる、それは分かる。
美しい自然をバックに延々と旅するシーンの寂しさときたら、もう泣きたくなるくらい寂しい。心細い。
so3.jpg

韓国映画の巨匠・林 權澤(イム・グォンテク)の重厚な映像が迫るように美しくも、どこか寂しい。
so4.jpg

唯一といってもいい幸福の明るいシーンは旅の田舎道の上にあって、歌い出す父につられて、姉が歌う。
興の乗った二人のために弟も太鼓を取り出して伴奏する。歌は珍島アリラン。
so5.jpg

彼らが画面から消えたあとにふっと風が吹いて砂が舞うのが、なんとも哀しいのですが。
さて、弟が去った後、父親がまたすごい。姉を薬で失明させてしまいます。理由は「声に深みがないから」。
そして修行のために雪深い山に籠ってひたすら歌わせる。
so6.jpg
so7.jpg

娘のために麓の村で鶏を盗めば、鶏の持ち主が罵倒しに来て、さんざん足蹴にされても
父親は「あの声を聴いたか!腹の底から出ているぞ!」と感心する始末です。
これには参りました。芸のためなら、その身を捨てるのか、親父。

一方、弟は落ち着いた暮らしをしているものの、父と姉への呵責から、二人を探し出します。
すでに父は亡くなり、姉は失明したまま、歌を歌い続けていました。
再会するものの、弟と名乗れないまま、二人はパンソリを始めます。
一方は歌い、一方は太鼓を叩き、合いの手を入れます。
そのシーンの静かな凄味…。

ラストシーンはたいへん壮絶です。雪の川沿いの道を、赤い服の子供に先導されて姉が歩いて行きます。
流れているのは、やはりパンソリですが、地の底を這うような、それはそれは深い情念のこもった歌声。
カメラはどこまでも歩く姉の姿を追い、やがて彼方に消えるまで追います。
まるで冥界へと続く彼女の芸能の道が、そこにありました。
so8.jpg

静かなのに壮絶さがにじむ光景でした。

これを見ることは、私にはもう出来ません。切なすぎて、号泣間違いないからです。


今回のプラスワン

まだ淡路鳴門自動車道の明石海峡大橋が完成する前に、わざわざ神戸のハーバーランドの映画館まで観に行きました。
パンソリが聴きたかったからです。
12歳の時、偶然TVで聴いて、衝撃を受けたからです。

映画の中で、父親が娘のために鶏を盗んできて、サムゲタン↓を作って食べさるシーンがあります。
so9.jpg

彼は娘に、鍋の丸ごと煮込んだ鶏の脚をもいでやります。
これに「ええーーーっ!信じられへん!」と驚いていたのは、一つ前の列にいた20代半ばの女性二人連れ。
一方、「ふふふっ、そうだよねえ、そうだよねえ。」と、うなずいていたのは、
少し前の列にいた50代女性のグループ。
彼女達はおそらく在日のオモニ(お母さん)だったのでしょう。
たいへん懐かしそうにその場面を見ているので、「子供の頃、こうやって食べさせてもらったのかな。」と思いました。

12歳から残っていたパンソリの衝撃は、このあと一年間、ワタクシに「最初の感動に騙される」という
これまた衝撃的な経験をもたらしました。

その結果、ワタクシはどんなに感動しても、それを冷静に観察しているもう一人の自分を育てました。
そのおかげで多少たくましくなった…かも。

(元記事は2013年7月26日に書かれました・エントリー722)

「アラビアのロレンス」1962年イギリス製作

文句なしにおもしろい。映画としてたいへんおもしろい。


冒頭に問題提起されるロレンスの謎めいた人物像、その評価は多様だ。
映画の中のロレンスは映画の中のロレンスでしかない。
人物像を100人に訊けば、100とおりの見方で答えが返ってくる。
その共通項を拾い上げたとして、それで完璧な評伝が完成するとは限らない。
むしろ共通項の裏にこそ、その人物の物語が潜んでいるようにも思える。

「アラビアのロレンス」はイギリス人から見た中東世界で、まぎれもなくイギリス流儀の美しい映画で製作当時の政治的プロパガンダも含まれている。それを頭の隅っこに置いていても、やはりおもしろい。

「砂漠は清潔だ。」実在のトーマス・エドワード・ロレンスがそう言ったのか、どうかは知らない。
a1.jpg

しかし、この映画のロレンスはいかにも言いそうだ。
イギリス陸軍情報部カイロ支部の軍人でアラビア語と現地の習俗に通じている。
その価値観は、イギリス人のもの、考古学者として体得したもの、両方が混じっている感じだ。
また生来のエキセントリックさを隠そうとしない。
彼とイギリス軍人のやりとりがたまにずれているが、アラビア人とはそうでもない。
始めのうちは…。

ともあれ第一次大戦中のアラビアで、ロレンスの活躍が始まる。
a2.jpg

カイロから道案内人を頼りに砂漠を横断し、サウジアラビア西部、紅海ぞいのヤンブーで、
オスマン帝国の対抗するハーシム家のファイサル(後のシリア国王)と共闘。
オスマンの支配下の港湾都市アカバを内陸から電撃攻撃する作戦を立て、ネフド砂漠を越えて作戦を成功させる。
a3.jpga4.jpg
a5.jpg

こうして、イギリスとアラブの橋渡しをやってのけ、彼自身、アラブ人のための聖戦という大義を掲げるが、
やがてそれは戦争の現実の前で挫折する運命にあった。
こうした中にあって、ピーター・オトゥールの青い目は常に澄んでいる。
a6.jpg

それはまるで、美しくカメラに収められた砂漠の風景と対を成すかのようだ。
a8.jpg
a9.jpg
a10.jpg

公開当時は4時間、完全版でも200分を越える大作なのに、ぐいぐいと引っ張っていく映像の力がある。
複雑な歴史の一幕に入り込むように。

ほとんど女性の登場がないかわりに個性的な脇役が楽しめる。
たとえばオマー・シャリフ(ハリト族シャリフのアリ)
a12.jpg

アレック・ギネス(ハーシム家のファイサル王子)
a13.jpg

アンソニー・クイン(ハウェイタット族のアウダ・アブ・タイ)
a15.jpg

そして、惜しくも砂地獄で落命する少年とか信管暴発で落命する少年とか
a16.jpg
やっぱり若い男はいいわねぇ(こらこらっ!!)

老後に暇があったら、ゆっくりと見返したい映画の一つです。

アラビアのロレンス [Blu-ray]アラビアのロレンス [Blu-ray]
(2013/05/29)
ピーター・オトゥール、オマー・シャリフ 他

商品詳細を見る


今回のプラスワン

ワタクシは砂漠では
おそらく半日でノイローゼになるタイプ(日本国内でも岩山・禿山を見ると恐怖を感じる)で
決して行きません。鳥取砂丘で十分です。

砂漠…昼間50℃近くなったかと思えば、夜明け前には氷点下。
無理です。絶対に無理。
わりと探検記が好きで、スウェン・ヘディンや河口慧海、ナンセン、リビングストンなど近代を中心に読みましたが、
過酷な状況にはたびたび手に汗握ったものでした。
砂漠や乾燥地帯が舞台の映画では「この人達、スタミナ抜群だわ…」
半ば羨望に満ちた目で見てしまうのでした…。

ここ10年の日本の夏も過酷ですが…(長い夏にすでにうんざり気味です)

(元記事は2013年7月24日に書かれました。エントリー・721)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。